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シリーズ:劇場の中の人に会いに行く… 「令和と劇場」

演劇と劇場、働く人たちに聞く演劇現在地

第1回 彩の国さいたま芸術劇場 ゼネラルアドバイザー渡辺弘さん

2022年6月30日

コロナ禍のあった2020年から22年の2年間、緊急事態宣言で劇場が閉まり、上演が休止したり中止になったり延期になったりと演劇界には未曾有の危機が起こった。それにとって演劇と社会の関係性が浮き彫りになってきた2年間だった気がする。

偶然なのか必然なのか、芸術監督が交代したり劇場が改修工事をはじめたり過渡期のような時間。これからの演劇は、劇場は、どうなっていくのか関係者に聞いてみたい。まずは公共劇場と民間の劇場と両方のプロデュースを経験してきて、現在、彩の国さいたま芸術劇場のゼネラルアドバイザーである渡辺弘さんを訪ね、公共と民間の違いとそのふたつがあることで生じている問題点を挙げてもらった。

 

Hiroshi Watanabe

情報誌「シティロード」で演劇ジャーナリストとして活動の後、銀座セゾン劇場の開設準備、制作業務、シアターコクーンの運営・演劇制作、まつもと市民芸術館のプロデューサー兼支配人として運営・制作業務に携わったのち、彩の国さいたま芸術劇場の業務執行理事兼事業部長に就任。現在はゼネラルアドバイザー。

 

公共劇場と民間劇場

「問題は山積み」と渡辺さんは苦笑いした。

「まず劇場にしても、彩の国さいたま芸術劇場(以下さい芸)や新国立劇場のような税金で建てられて運営されている公共劇場と、シアターコクーンやPARCO劇場のような民間の劇場と二分しています。全国で、正確な数は出てないですが、3000ぐらいある劇場、ホールのなかで、2200ぐらいが公立文化施設、いわゆる公共の劇場、ホールです。残りが民間で、それはたいてい大都市にあって、興行面ではリードしています。

公共と民間の大きな違いは予算の成り立ちです。僕も銀座セゾン劇場とシアターコクーンと民間の劇場のプロデューサーをやっていたのでわかるのですが、まず大前提として『収益』を上げる必要があります。僕が民間でやっていた80、90年代は企業の『宣伝費』という認識でしたが、ある時から赤字を出せなくなりました。民間は投資した分回収すればいいところがありますが、公共の場合は税金ですので建てた予算を使い切らなくてはいけない、決まった予算でやりくりするのが原則ですが、足りなければ自分たちで稼がないといけない。そうすると結果的には民間も公共も観客を呼ぶ必要があって、大都市という同じ土壌に民間も公共もいる場合、最も集客を左右するキャストの奪い合いと化しています」

この問題が昨今、富にシビアーになっている。それはコロナ禍で大きく集客が減ったからだ。

「2018年ぐらいまで音楽、ステージというライブ部門は収益、観客動員は右肩上がりでした。演劇に限るとミュージカルと2.5次元が圧倒的に伸び、普通の芝居が下がってきてはいたもののカバーできる状況ではありました。音楽も入れるとステージ産業はぴあの調べでは6000~7000億円という市場でした。それがコロナで大きく五分の一くらいに下がった。これを今、取り戻そうとしているわけです」

各劇場で観客の取り合いが起こり、公共劇場もその渦に巻き込まれている。

「本来、公共劇場は、優れた作品を創り発信したり、買取をして鑑賞する機会を市民に提供することが使命ですが、集客をありきの作品とキャスティングを優先するようにどうしてもなりがちですね。一般市民は良質の演劇よりもまず、有名人が見たい。もちろん、テレビや映画で有名な俳優にも才能のあるかたはいますが、演劇を専門にやっている俳優を起用する機会が減ります」

日本はそもそも、能にはじまるお上(かみ)に守られてきた芸術と、歌舞伎に代表される庶民がはじめた芸能のふたつの面から主に成っていたと渡辺さんは言う。なるほど、いまだにそのお上と庶民による2輪で演劇界が成り立っているようだ。それはそれで悪くないが、うまく棲み分けができなくなって「歪み」をつくってしまっているのではないかと渡辺さんは指摘した。

 

芸術監督新時代の到来

芸術監督とは、名前のとおり“芸術面”の責任者である。劇場、ホールが地域でどういう役割をすべきか、どういう芸術・文化を市民に提供できるか考える司令塔の使命が課せられている。

「世田谷パブリックシアター(以下セタパブ)で野村萬斎さんがなぜ20年の長期間、芸術監督をやったかといえば、圧倒的なネームバリューです。1980年代後半から始まった「芸術監督制度」の初期は実績もあって有名な人が劇場の「顔」として求められました。地元出身とかなんらか地域や行政と関わりがあることが起用する大きな要因でしたね。さい芸の蜷川幸雄さんも埼玉県の川口氏出身ということもあり、終身でお願いしたいと言われてました。蜷川さんはイヤだと言っていましたが(笑)」

蜷川さんや萬斎さんは本人のカリスマ性によって、一般的に縁遠く思えるような作品でも興味を持ってもらうことができた。蜷川さんはそのバリューによって地の利的に有名人を呼ぶのが難しいさい芸に人気俳優を呼ぶこともできたのだ。

「蜷川さんは『俺がシェイクスピアをやって、みんなが観たいキャスト、タレントを揃えて、そこに1万人も2万人もお客さんを呼ぶから、そこで得た収益を、ダンスや子ども向けの演目にまわしてくれ』と言っていました。その蜷川さんも亡くなり、萬斎さんの任期も終了して……。90年代からこれまでの、いわゆる第一期の芸術監督制度のようなものに一つ区切りがついたように感じます。まだ残っている人もいますけど・・・去年(21年)から各劇場の芸術監督が交代をはじめています。先日、新国立劇場の小川絵梨子さん、世田谷パブリックシアターの白井晃さん、KAATの長塚圭史さん、さい芸の近藤良平さん、公共劇場の4人の芸術監督のサミットをやりました。その4人の顔ぶれを見ると空気ががらりと変わったような気がします。これから新しく若手の芸術監督の時代は、いままでのような圧倒的に強いブランドに頼らず、自分たちで企画を考えて地域にとっておもしろそうなことを発信していく時代が来ているのではないでしょうか」

さい芸の近藤良平さんはダンサーであり振り付け家である。演劇よりもダンスをメインにするのだろうか。

「そこは難しいバランスです。近藤さんが中心になるとダンスが増えていくことは確かですが、さい芸はもともと『音楽、ダンス、演劇』の3つのジャンルが縦軸になっているんです。初代の芸術監督は音楽の作曲家の諸井誠さん。2代目が演劇の蜷川さん、三代目はダンスの世界からお呼びしました。シェイクスピアシリーズの責任者だけは吉田鋼太郎さんにして。鋼太郎さんも『シェイクスピア以外、俺はやんないから』と言ったので。シェイクスピアシリーズは『ジョン王』が終わるとついに完結しますが、引き続き鋼太郎さんが好きなシェイクスピアをやることになっています。シェイクスピアはさい芸の興行の柱ですから。それがあった上で、近藤さんが少しずつダンス公演を増やしていくことになると思います」

 

開かれた広場として

公共劇場としては、まずその自治体の市民が楽しめるものを用意しないといけない。

「『税金を使うからには、多くの人に開かれる場』ということが前提です。近藤さんは、昨年から夏に地域の人たちに劇場に来てもらおうと「オープンシアター」という全館を使った催しを始めました。劇場のあちらこちらでダンスやコンサートあり、埼玉の名産品が集うマルシェ、そして盆踊りもある楽しい2日間です。盆踊りは近藤良平の創作踊りで、翌週には他地域でも行われます。できれば埼玉県全体に広めようと考えています。これまでの公共劇場は、劇場で演劇を作って鑑賞してもらったりワークショップを開催したり学校でアウトリーチをしたりすればよかったですが、今は街に還元することが求められています。いわゆる観光や街づくりと結びつくようなことで、だから僕も、いくつかの市の芝居作りのお手伝いをしたり、スタッフを送り込んだりしています。今後も盆踊りをはじめとして、市民の皆さんに来ていただけるような、例えば、2日間、安価で子どもたちに観せるオープンシアターなどの企画が増えていくと思います」

たとえば、東松山市で「~平成家族物語~舞台芸術によるまちづくりプロジェクト第1弾 東松山戯曲賞」という企画が行われたとき、渡辺さんが協力した。埼玉県のOBに相談されて、戯曲賞を立ち上げ選考委員を集めることまでした。ひとつの戯曲で朗読、普通の演劇、音楽劇を三年かけて作る大きなプロジェクトだった。

ほかにも、与野本町駅から劇場までの道にシェイクスピアの名台詞をタイル貼りにして配置したり、過去に出演した俳優たちの手形を飾ったりしている。これは自治体・中央区と相談して、観光につながるように考えた。

「もともと与野本町一帯はお菓子工場があって、新幹線と埼京線が走るまでは畑だったそうです。そこに高速道路ができて、大宮バイパスができて……いまのような住宅地になった。お店がいっぱいある通りもあるけれど、劇場までの道には何もない。そこで中央区が与野公園でバラ祭りをやっているように、劇場と関連付けたものがなにかやれないかということで考えました。近藤さんも駅前の空間を舞台にしてなにかやろうとか駅から劇場までトゥクトゥクを走らせようとかアイデアを出しているところです。セタパブが良い例で大道芸をやって好評を博しています。大道芸は最もお客さんが集まる企画ですね」

 

劇場を「開かれた」「開いた」「広場」という言葉を使って表現した場合、このような市民が参加できる企画が主になっていく。ただ、それだけになってしまっていいのかは今後の課題と渡辺さんは言う。

7月10日から上演される「ジャンル・クロスⅡ<近藤良平×松井 周>『導かれるように間違う』」は演劇にダンスを融合させたもの。主演は身体性の高い俳優・成河だ。

「お客さんをたくさん入れるか、尖ったものを作るか、バランスが大事です。今度、こういったちょっと変わったものを作っていこうという考えはあります。まず、4月に『新世界』という公演を3日間だけやりました。これも1ヶ月以上稽古して。サーカスの人やミュージシャンも混ざってグチャグチャな中で作りました。シェイクスピアを下敷きにして身体表現と言葉を使った独特の世界が出現、近藤ワールドの片鱗が見えたと思っています。でも、わずか3日間の公演ですからね、満員といっても2000人ほどです。でも続けることでなにか新しい展開があると信じてやっていくしかないでしょうね」

「逆境を逆手にとっていくしかない」と言う渡辺さん。この状況のなかで新しいものが生まれる可能性はある。

取材:木俣 冬
撮影:(人物) 仲野慶吾、(風景) 木俣 冬

 

彩の国さいたま芸術劇場

1994年10月15日 開館
大ホール776席(オーケストラピット使用時/680席)
、小ホール(席数可変式266・298・346席)、音楽ホール(604席)、映像ホールのほか
稽古場、託児所、レストラン・カフェ、資料室から成る。
98年からスタートした彩の国シェイクスピア・シリーズが名物企画となっている。
令和4(2022)年10月3日~令和6(2024)年2月29日まで大規模改修工事休館予定

 

【ミッション】:Art for Life-すべての人生に芸術を-
【ビジョン】:アートでつなぐ-人・地域・世界-
(1)世界に通用する舞台芸術を創造・提供する。
(2)県民に対し満足度の高い芸術文化活動の実践の場を提供する。
(3)社会や地域の課題に対し芸術文化活動を通じてその解決に貢献する。

 

公式サイトより
https://www.saf.or.jp/arthall/facilities/

 

渡辺さんが語る2代目芸術監督・蜷川幸雄さんとさい芸の活動についてはこちら

Remember 蜷川幸雄 蜷川さんにとっての最期の大きい仕事とは

 

TOPICS

さい芸の意外な使われ方。

仮面ライダーのロケ地として、コスプレ撮影場として

廊下やアトリウムなどを撮影で貸し出している。コンクリート打ちっぱなしの建物は重宝され、三浦春馬さんの主演ドラマ『おカネの切れ目が恋のはじまり』(TBS)や、土屋太鳳さんと松下洸平さんの『やんごとなき一族』(フジテレビ)のロケで使用され、仮面ライダーシリーズの撮影でも有名だという。

また、天井から光の差し込む長い廊下はコスプレイヤーの撮影場として人気スポットにもなっている。着替え場所も含め有料で貸し出しているが利用者はあとを絶たない。

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