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シリーズ:劇場の中の人に会いに行く… 「令和と劇場」

演劇と劇場、働く人たちに聞く演劇現在地

第2回 KAAT 神奈川芸術劇場 芸術監督 長塚圭史さん

2022年8月2日

ここに劇場があると旗を振る

KAATこと神奈川芸術劇場は2011年の開館とまだ歴史は短い若い劇場だ。長塚圭史さんは3代目の芸術監督で、2代目の白井晃さんから2021年の4月に任務を引き継いだ(初代は宮本亜門さん)。

劇場公式ホームページの長塚さんのあいさつ文にはこのような一節がある。

「劇場は古き良き思考と、新たな視界の宝庫でありたいと思っています。皆様と共に、想像力に溢れた劇場を創って行きたいと願っています」

芸術監督2年めを迎えた今の心境と任期5年間の目標を聞いた。

 

Keishi Nagatsuka

1975年5月9日生まれ。劇作家・演出家・俳優。96年早稲田大学在学中に演劇プロデュースユニット 阿佐ヶ谷スパイダースを結成、2017年に劇団化。11年、ソロプロジェクト 葛河思潮社を始動、2017年、新ユニット 新ロイヤル大衆舎を結成。

08年9月から1年間 文化庁・新進芸術家海外研修制度にてイギリスに留学。19年4月よりKAAT神奈川芸術劇場芸術参与を経て21年4月、KAAT神奈川芸術劇場芸術監督に就任。

04年第55回芸術選奨文部科学大臣新人賞、06年第14回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。

 

石橋を叩きすぎず一歩踏み出す

芸術監督になって1年2ヶ月、いまの心境は?と聞くと、「1年目は何もかも新しい経験ばかりでしたが、どんなに拙くてもとにかく動き出すことを第一にしました。2年目に入ったいま、1年目にはじめたことを継続し実現するフェーズに入ったことを実感しています」と話しだした長塚圭史さん。

「1年目は僕も3本の演劇を作りながらの活動だったため慌ただしくて、ようやく、いろいろな方々と話ができる状態になりました。ふだんなかなか話のできない方々と、地域創生とKAATの事業をつなげる可能性について話をしてみたり、ワークショップに顔を出して参加者と話をしたりもしています。今日は賛助会員をどうフォローするかという話をしていました」

芸術監督とは劇場のプログラムを考えたり自ら劇場を象徴するような作品制作を行ったりするものかと思ったら、長塚さんはもっと様々な仕事を引き受けている。

「地域によって違いはあるとは思いますが地域の方々と話をすることは他の劇場の芸術監督もやっていることではないでしょうか。とりわけ公共劇場は、作品を創るのみならず、劇場の活動を地域の方々に知って理解していただく必要がありますから」

神奈川県民をはじめとして多くの人に知ってもらいたいKAATという劇場の魅力を長塚さんはこう考えている。

「ひとつには県立の公共劇場としては非常に多くの主催公演を発信できています。第2に開館から11年とまだまだ若い劇場で、変化を受け入れる能力があり、フットワークも軽いです。第3に、非常にすぐれた技術スタッフがいます。この劇場の機構のポテンシャルと技術のポテンシャルと発想力が優れていることは誇れるところだと思います」

2021年、長塚さんはアトリウムに特設劇場を建てて「王将-三部作-」を上演した。劇場と同じ建物内にあるNHK横浜放送局をつなぐ空間、アトリウムで演劇を上演するのははじめて。劇場を飛び出して外の通りから見える場で上演することで、ふだん何をしているわからない建物を一般の方々に興味をもってもらうことも目的だったが、実行するには骨が折れた。

「KAATのスタッフはやってみたいという希望はすぐに受け入れてくれたものの、実際に動かし始めたらスムーズに行いかず大問題だらけでした。話したらきりがないですが、まず音の問題が大きかった。ちょっとした話し声まで響き渡るので演者がやりにくい。それは技術スタッフが対処してくれました。また、建物の出入り口で行っているため、通常の劇場で行われている公演とかちあうと人の出入りがカオスになりその整理が大変で、それは案内の係の人たちが心を尽くして対応してくれました。やっぱりやってみることが大事で、やる前に石橋を叩きすぎると時間がかかるものですが、KAATスタッフはまず、一歩踏み出すという発想を持っています」

このとき、長塚さんは外にフードカーを出して、一般客を呼び込むことで、観客ではない人が偶然に中から聞こえるセリフだけでも聞けるようにしたいと考えたが、それはコロナ禍で実現に至らなかった。いつかそれも実現できたらもっと劇場が活性化することだろう。

 
『王将』-三部作- © 細野晋司

 


『王将』-三部作- アトリウムを使った

 

待たずに外に出ていく カナガワ・ツアー・プロジェクト

「ここが劇場であることを知ってもらいたい」。取材中、長塚さんはそれを繰り返し語った。

「NHK横浜放送局との共同建物で、外側から劇場だとわからない。いまだにここが劇場であることを知らない近隣の方々がいらっしゃるんです。芸術監督の任期の5年間で“ここが劇場なんだ”ということを認識してもらえるように地域の人たちにも働きかけていきたいと思っています」

近くに中華街もあって環境的にはいい場所にあると思うのだが……。一帯の再開発だったはずが、リーマンショックの影響で劇場だけが建った。残っていた一角にようやくハイアットリージェンシーホテルが20年5月にオープンした。

「人を呼ぶのは容易ではないが、決して悪い場所じゃないので、より良い場所になるように館自体が発光していかなければならない。まだまだ工夫する余地があります」そう言う長塚さん。芸術監督就任1年目に行ったのは以下。

○アトリウムの活性化 劇場をひらく一貫として、KAATのみならず財団と共に力を入れている。

○季刊誌 神奈川芸術劇場 KAATPAPERの発行 演劇を知らない人にもKAATを知ってもらおうと、気軽に手に取れるタブロイド紙にし、様々な角度で劇場や芸術や街を見つめる内容にした。

○シーズン制を導入し、劇場に季節感とリズムを設ける  4月から8月までをプレシーズン、9月から3月までをメインシーズンとし、メインシーズンには毎年タイトルを付ける。昨年度のタイトルは「冒」、今年度は「忘」。

○カナガワ・ツアー・プロジェクト  <ひらかれた劇場>を目指して、劇場を飛び出し、より多くの県民、これまで劇場に足を運んだことがない方々と出会うために、KAATで創作した作品を携え、県内を巡演

○バックステージツアーの充実  質の高さで人気。お客様が劇場を身近に感じ、対話できるような場所を作るため今後も充実を図りたい。

このなかでカナガワ・ツアー・プロジェクトとして行った「冒険者たち(全角空け)~JOURNEY TO THE WEST~」は面白かった。長塚さんの書き下ろしで『西遊記』をベースに孫悟空の冒険を中国ではなく神奈川に置き換えたもので、神奈川のご当地ネタを散りばめた子供から大人まで楽しめる作品だ。長塚さんは作、演出、出演と大活躍した。

「地域に伝わる神様や物語やお店の情報などを演劇に盛り込んで作りました。すると演劇が身近に感じられて自分たちでもこういう作品を作れるかもしれないという気持ちになってもらえたようです。セットもシンプルだったので、ハードルは低くなります。でもセットがないことは実は難易度が高く、観客の想像力とのキャッチボールになるんです。そういう意味では非常に演劇らしいことができました」

23年に第2弾を企画中で「そのリサーチのためにまた県内の人と会うことがプラスになります」と長塚さん。「劇場に閉じこもり作品を創って観客を待っているだけではおそらく駄目で、自ら出かけていって、素晴らしい劇場が神奈川県にはあるのだと共有していくことが大事だと思います」

このとき、中華街とコラボしてアトリウムに西遊記の物語を模したランタンを飾った。インスタ映えするようなアイテムとなり、観客や通りかかった人の多くが足を止めた。

「KAAT PAPERで中華街の発展会の方たちとお会いする機会がきっかけで実現しました。夜も光っているから劇場のアピールには効果的でした。

劇場のあり方が問われ始めているいま、ここが劇場だとわかって、試しに入ってみたとき、誰もが観やすい演劇から、芸術性の高いものまで充実したプログラムが準備できていれば思いがけないものに出会うきっかけになるかもしれない。そのためには5年間の任期中、ここに劇場があると旗を振ろうと思っています」


『冒険者たち ~JOURNEY TO THE WEST~』より ©宮川舞子

 


アトリウムでは展示された『西遊記」を模したランタン

 

「カイハツ」で時間をかけて創造することを大切に

劇場の存在を世の中に広めるという外部への働きかけと同時に、中身の充実を長塚さんは進めている。それが「カイハツ」だ。公式ホームページのあいさつの中には“アーティストと一緒にマグマのようにアイデアをグツグツさせていく「カイハツ」も推し進めて行きます”とある。長塚さんがまだ走りはじめたばかりという「カイハツ」とは。

「シンプルに言えば、作品の試作のために場所と人とお金を提供する企画です。例えば、ある小説を演出家が舞台化したいと思ったとき、4人の俳優たちに参加してもらい1週間かけて試作する。この1週間分のギャランティを演出家と俳優に支払います。演出家はアイディアを実験する場所で、俳優たちにとってはそれに参加できれば実演の場になるし出会いにも繋がる。その作品が面白くなりそうであれば、KAAT ないし、どこかの劇場で発表できます。作品のカイハツであり、人材の育成でもあります」

演劇に限ったことではないが、芸能や芸術の世界で「好きの搾取」が問題視されているなか、KAATは創作の対価へも目配りしている。

「若い俳優やダンサーが劇場に通う交通費にも気配りが必要です。KAATに出演する俳優が全員、神奈川県民ではないですから、それなりの電車賃がかかります。ところが演劇業界ではリハーサルに参加する期間の対価が俳優にははっきりと示されないことが多いんです。ステージ数の計算になる。もちろん本番も大事だけれど創る過程が大事だということをどうやったら共有できるか。考えること想像することでお客様に新たな視界や発想を掴む機会を産む劇場は、パンを作るベーカリーと同じように大事であり、そのための豊かな労働には対価が発生することを示していきたい。その点、『カイハツ』は1日間でいくらと明確にできます。たとえ安価でも、提示された金額で日々をやりくりして生活しようか考えられます。もちろんお金のことを考えずに創作に全身全霊をかけてもいいけれど、対価というものを考えることはとても大事なことだと考えています」

長塚さんの言うようにときには金銭にかかわりなく全力を注ぐことがあってもいいが、演劇活動で生活する可能性が見出せれば、演劇の世界にもっと多彩な才能が参加することにも繋がるような気がする。

「カイハツ」は新作戯曲の開発のみならず、国内外問わず、既存の戯曲に着目し「カイハツ」することもある。戯曲の発掘や、リーディングに参加する俳優の発掘によって、劇場スタッフの知識を「カイハツ」していくことにもなる。海外の戯曲の翻訳も行っていくという。

「時間をかけて創造することを大切にしたいんです。主催公演を上演していない間も、劇場はずっと動き続け、その熱が失われないようにすること。僕らはいつも創り続けているのだということをもっと意識的にやれないかと考えています。先日、スコットランドのカンパニーが3人来日してワークショップをしました。いずれ作品にしようと思っていますが、来年すぐにということではなく、じっくりと実現化したいですね。劇場をロングスパンで活用する発想を持つこと。創って上演して終わりではなく、再演ができるような強度を持ったものを作りたい。それを持って各地の劇場で上演して広く知ってもらいたいですね」

劇場の内外に向けて企画力を発揮する長塚さん。それはとても頼もしい。が、劇作家としても新作をコンスタントに発表してほしい。時代が変化していくなかで作りたい演劇はあるのだろうか。

「大きなダイナミズムのある演劇から、もうちょっと個人というかもう少し小さい単位の話が非常に多くなっていることを感じます。かつては“劇団推し”の時代がありましたが、いまや状況はだいぶ変わって観客の好みが多様化してきたという印象もあります。それはそれでいいと思います。KAAT で上演することを前提にした場合、間口の広い、年間にこれだけの主催公演ができる劇場ですから、大衆的な作品から先鋭的な作品まで、さまざまなものを取り揃えることで、誰とでも繋がれる可能性を広げられるのではないかと思います。公共劇場は偏ってはいけないと思っています。海外のものもあっていいし新作があっていい。いろんなアーティストが創作し、発表できる場を作りたいと思っています」

 

KAAT 神奈川芸術劇場

2011年1月11日 開館

ホール [最大約1,200席(基準勾配)]大スタジオ[約220席]中スタジオ・小スタジオ(A)アトリエ(小スタジオ(B))地下駐車場 アトリウム レストランから成る。

NHK横浜放送局と共同建築になっていることが特徴。

 

【ミッション】:「3つのつくる」をテーマとする創造型劇場

モノをつくる 芸術の創造
人をつくる 人材の育成
まちをつくる 賑わいの創出

 

公式サイトより
https://www.kaat.jp/

 

TOPICS

KAATの意外な使われ方
アトリウムは通り道

入り口に入ってすぐ、NHK横浜放送局とKAATの間に広がる空間、高さ約30mのアトリウムは建築家・香山壽夫さんが外への通り道として作った。そのコンセプトに基づいて、長塚さんは「もっと通り道にしたいし、休める公共のスペースとして本を読んだり友達と話したりする場所に」と考えている。

16年から毎年開催している『KAAT EXHIBITION』を22年、「街にひらかれた劇場」をテーマにして初めてアトリウムで行った。現代美術家の鬼頭健吾の新作インスタレーション「Lines」はアトリウムの高さを生かした見応えのある作品になった。

 

TOPICS2

長塚圭史さんとKAAT
こけら落とし公演を行った

「KAATが開館した2011年の1月、私のソロプロジェクト葛河思潮社の『浮標(ぶい)』を大スタジオのこけら落としとしてやりました。劇場の主催公演ではなかったので公式的には違う作品がこけら落とし公演とされていますが、この場所を一番最初に使い始めたのが私でした。開館前のまだ人のいない薄暗い館内で、2010年の12月ぐらいから田中哲司さんや藤谷美紀さんや中村ゆりさんたちとワークショップをやった思い出の場所です。当時は僕が芸術監督になるとは思いもしなかったですけど(笑)」(長塚さん)

※今回の取材はこの思い出の大スタジオで行われました

 

クレジット
人物撮影:仲野慶吾
取材、文、ランタン撮影:木俣 冬

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