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シリーズ:劇場の中の人に会いに行く  令和と劇場

第5回 新国立劇場 演劇芸術監督 小川絵梨子さん

2023年2月12日

「The Great Work Begins.」
一代ではできなくても少しでも風通しをよくしておきたい

多様性の時代に活躍している小川絵梨子さん。彼女と仕事をした人たちはみな、小川さん、小川さんと彼女の信奉者になってしまう。ものすごく熱い作品づくりをして参加したひとはみな充実感を抱くからのようだ。劇場づくりも、芝居を作るように丹念に取り組んでいる小川さん。お話の仕方も、簡単に断定せず、慎重に、いろいろな可能性を配慮している印象を受けた。撮影で出た屋上のような場所の地面の溝に誰がいたずらしたのか、ちいさな花が生えていて、それすらおもしろがって見ていた。小さいことを見逃さないアンテナと、受け入れていく対応力は、新しい時代を牽引する力になるだろう。

 

Eriko Ogawa

2004年、ニューヨーク・アクターズスタジオ大学院演出部卒業。06~07年、平成17年度文化庁新進芸術家海外研修制度研修生。18年9月より新国立劇場の演劇芸術監督に就任。近年の演出作品に、『おやすみ、お母さん』『管理人』『ダディ』『ダウト~疑いについての寓話』『検察側の証人』『ほんとうのハウンド警部』『作者を探す六人の登場人物』『じゃり』『ART』『死と乙女『WILD』『熱帯樹』『出口なし』『マクガワン・トリロジー』『FUN HOME』『The Beauty Queen of Leenane』『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』『CRIMES OF THE HEART ―心の罪―』『死の舞踏/令嬢ジュリー』『ユビュ王』『夜想曲集』『RED』『スポケーンの左手』など。新国立劇場では『レオポルトシュタット』『アンチポデス』『キネマの天地』『タージマハルの衛兵』『骨と十字架』『スカイライト』『1984』『マリアの首-幻に長崎を想う曲-』『星ノ数ホド』『OPUS/作品』の演出のほか、『かもめ』『ウインズロウ・ボーイ』の翻訳も手がける。

 

広い目で見れば、公共劇場はチームだと思う

ーー昨今、芸術監督の方々が集まってよくトークイベントをやっているので“芸術監督”という存在が注目されているように感じます。

「みんなで正直に喋ることはいいことだと思っています。芸術監督の仕事とは何か、当事者たちもいまひとつ明確でないなかで、劇場によって事情は違うとはいえ、情報交換したり、刺激しあったり、たまに愚痴を言いあったりできることは私にはありがたいです」

ーーKAAT (神奈川芸術劇場)の長塚圭史さん、さい芸(彩の国さいたま芸術劇場)の近藤良平さん、セタパブ(世田谷パブリックシアター)の白井晃さんなどが新国立劇場の作品に出たり演出したりしていて、それぞれの劇場のネットワークが密になっているような印象です。

「渡辺弘さんが声をかけてくださったのが、まだコロナ禍の前だったと思いますが、まず圭史さんと喋ることになって、そこに良平さんも来てくださって。それで、3人で喋っていたら、今度は白井さんがセタパブの芸術監督になるとき、ちょうど私の芝居『アンチポデス』(22年)に出てくださって……という繋がりですね。広い目で見れば、公共劇場はチームだと思うので、それぞれの考え方を共有して次の世代に手渡しさせていただけることができたらいいなと思いながらやっています」

ーー小川さんは今年から2期目に入られました。継続するときはどういうふうに決まるのでしょうか。

「いつの間にやらそうなった感じで……というのは冗談で、理事や評議員などの方々での話し合いのプロセスを経て依頼を受けます」

ーー継続を依頼されたとき、小川さんはどのようなお気持ちだったのでしょうか。

「一期の期間が、コロナ禍の最中で、たくさんの人を集めるワークショップや海外招聘公演など、やりたかったことが実現できなかったので、このまま辞めるよりは続けたいと考えました」

ーーこれからほんとにやりたかったことが花開くわけですね。

「組織が大きい分、企画をひとつ通すまでに時間がかかるので、あと3年の間にどれだけできるか、予算のことも含め、問題は山積みながら、やれることは全部やりたいと思っています」

 

若い演出家の人たちがお互いつながれるような場所を作りたい

ーー公式ホームページにご挨拶として意見表明が載っています。今後の3年で、何をいちばんやりたいと思っていますか?

「若い演出家の人たちがお互いつながれるような場所を作りたいと考えています。ニューヨークのリンカーンセンターでディレクターズラボというものがあって、いまはなくなってしまったのですが、私は20年ぐらい前に参加していました。その当時、20代や30代のみの、多国籍の演出家が集まり、4週間ぐらいみっちりワークショップをやりました。先生に教わる形ではなく、お互いにリソースを交換しあい、様々な話をすることで、横のつながりを作るための4週間なんです。その経験が私にはとても良くて、客観的な視点を得ることで、自分の悩みでドツボにはまらずに済んだり、様々な国のやり方を知ることができたりしてすごく楽しかった。精神的なことのみならず、例えば照明のフィルターの貸し借りや、機材の情報の共有もできました。そういうことを日本でもやりたいと思って、1期のときに、リンカーンセンターのディレクターズラボをやっていたかたに相談して、『ディレクターズラボ』の名称も使っていいし、アドバイスもしてくれると言ってくださって、いよいよ始動できるかなとなったときにコロナ禍がはじまって……。ちょうど私が『タージマハルの衛兵』(19年)をやっている間ぐらいでした。その計画をいま、どうやって復活させようかと思っているところです。劇場は、公演をうつだけの場所ではなく、常に何かを作ったり集まったりする場でありたいという思いがあります。もうひとつ、実現させたいことは、カフェですね。演劇をあまり観たことがない人たちにも気楽に劇場に来てもらえるように、小劇場のカフェをリニューアルしたものの、コロナ禍によってまだ1回もオープンしていないので、それを今度こそオープンしたいです」

ーーカフェがあるんですね。

「そうなんです。劇場と初台の駅が直結しているので、地下鉄に乗る方が、お芝居を見たことがなくても、通りすがりにビールなどをちょっと飲めるような開放的な空間を作ろうとしたのですが、コロナで……。内装も変えていつでもオープンできるようにスタンバイはしているんですよ」

――小劇場のある地下一階、初台駅に降りる階段の脇の浅い池みたいなものがあるあたりですか。

「そうです。あそこは新国の持ち物ではない、公衆の場所なんです。許可をとれば使わせてもらえるということだったので、夏に、2週間くらい、短編のフェスティバルを劇場でやりたいと思ったときに、当日飲食しながら観られるように、屋台などを出そうと企画しましたがコロナ禍で実現不可能になりました。やってみてうまくいったかどうかは分からないけれど、挑戦することに意義があると思っているので、再トライしてみたいです」

ーーさきほどおっしゃったように公共施設だと企画を通すために時間がかかりそうですが、いろいろな企画を通していてすごいです。

「いえいえ全然です。短編フェスティバルは、そもそも短編の芝居が私は好きで、やりたいけれど、どうしたら少しでも演劇に興味のない人にも興味を持ってもらえるかいろいろアイデアを絞り出した結果なんですよ」

ーー逆に国立劇場だからいろんなことがじつはできる、むしろ可能性があるのでしょうか。

「忍耐強さが必要ですけれどね。8年間(2期分)ではどこまでできるのだろうと。まず、1期4年間では、関係性を作って信頼してもらって、お互いの思いを楽に喋れるようになるまでの時間が足りないくらいで。私個人でなんとか乗り切るわけにはいかないんですよ。チームでやることなんですよね。たとえばオペラがメインだった技術部のスタッフの方々にも演劇に関わってもらう機会が『キネマの天地』(21年)であって、オペラでもう使わなくなった布や材料を使うことができ、予算的にもエコなことがありました。このように、じょじょにみんなが楽に意見を話してくれるようになりました。そういう成果を見ると、時間がかかり、自分の世代あるいは自分ひとりではできないことでも、少しでも進めることで、次の芸術監督の方や次の世代の人たちのためにお役に立てるといいなと思うんです。自分の代で風通しを少しでもよくしておきたいです」

芸術監督は偉いわけではないんです

ーー小川さんが新国の芸術監督になったとき史上最年少芸術監督という触れ込みでしたが、そういう志を形にする上で年齢は関係ないものですか。

「年齢は関係ないです。あるのは立場です。立場とは上下関係という意味ではなく、その役職は何のためにあるのかということです。芸術監督は偉いわけではないんです。それは演出家が偉いわけではないことと同じです。演出家という職業は20世紀以降の仕事として成り立っていますが、その仕事は、上からものを言うことではなく、外側から客観的に観ながら様々な事象を統合してひとつの方向性を見出す仕事でしかないわけです。なんとなく偉く見えるという印象が意外と弊害になることも多々あるので、偏見がなくなるといいなと願います。皆さんが優しくしてくれることはとてもありがたいですが、甘えすぎないように、演出家とはなにかと同じように、芸術監督とはなにか、新国立劇場としてのチームでいることとはどういうことなのか、常に試行錯誤しながらやっています」

ーー前任の宮田慶子さんから小川さんと、新国立劇場は女性の芸術監督が続いています。この間、野田秀樹さんの『Q』を上演した台北の国立劇場は女性が芸術監督で、スタッフにも女性が多いということが話題になっていました。

「台湾の方々とは、演出家協会の仕事でお話させていただくことがあって。台湾では女性の活躍が当然のようになっているそうです。日本は、言葉は悪いけれど遅れているイメージがあると言われました。確かにまだだとは思います。たとえば、私が演出を始めたとき、俳優から『女の演出家は初めてだよ』とさらりと言われたことがありました。たぶん、いまなら問題発言と言われるものが、15年ぐらい前は当たり前のように認識されていて。いまは、性別や年齢で判断されなくなってきているし、少しずつ状況は変わってきてはいると思います。とはいえ、戯曲自体がじつは女性中心のものが少ないんです。昔は男性の劇作家のほうが圧倒的に多かったからかもしれません。そのため、ラインアップを考えるときも、女性と男性の演出家の割合が偏らないようにしようと心がけています。いまは、できる限り若い方にやっていただきたいという気持ちでラインアップを考えています」

ーー作品選びに関して新国立劇場さんは他の劇場と比べたら、尖ったものがやりやすいと聞きます。

「例えば海外作品の場合、みなさん、やはり優れていてやりたいと思うものは同じであることも多く、版権の取り合いになることがありますが(笑)、あくまで先方のシステムやチョイスに従っているだけで、こちらからはどうにもならないんです。新国だからなんでもできるわけではないんです(笑)」

ーー『エンジェルス・イン・アメリカ』(演出:上村聡史)が4~5月に上演されます。90年代の名作ですがこれを今やるわけを教えてください。

「昔、勉強会もしていたくらい好きな作品で、セクシャリティの問題や病の問題もありますが、私のなかでは、社会に大きな変化が来たときに立ち止まるのか前に進むのか、社会に属する者として問われている戯曲というイメージがあります。『The Great Work Begins.』――『大いなる仕事が始まっていく』というセリフを聞いたときにそう思ったんです。とはいえ、進んだほうがもちろんいいけれど、ただただ進めばいいってものでもなかったりするとも思っていて。そういう難しい作品に挑むことはちょっと怖いし逼迫感がありますが、怖くても目を背けてはいけないものであるような気がする作品です。あ、でも、エンターテイメントとしてももちろん素晴らしいですよ!」

 

新国立劇場

平成9年(1997年)5月竣工

新国立劇場の使命
新国立劇場は、現代舞台芸術における我が国唯一のナショナル・シアターとして、優れた舞台芸術の創造・振興・普及に努め、我が国の文化の向上に寄与し、心豊かで活力ある社会の持続的な発展に貢献することを使命とします。

新国立劇場が目指す姿
新国立劇場は、世界水準の質の高い舞台がいつも上演され、広く国民に親しまれ、海外からも高く評価されるとともに、世界的な芸術家を育成し、現代舞台芸術の発展に貢献する劇場となることを目指します。

新国立劇場の基本方針
世界水準の舞台をつくります
・日本の強みをいかして世界的な普遍性を備えた優れた舞台を創造し、その成果を世界に発信します。
・世界水準の舞台をつくるために、チャレンジ精神をもって新しいものに取り組みます。
・お客様と感動をともにし、お客様の視点に立って広く現代舞台芸術の普及に努めます。
舞台に関わる人をつくります
・次代を担うトップレベルの芸術家を育成し、優れた芸術の継承と創造に寄与します。
・舞台の基盤を支える専門的人材を育成し、現代舞台芸術の発展に寄与します。
社会との関わりを大切にします
・現代舞台芸術の将来にわたる普及のために、次世代に向けた公演活動に努めます。
・新国立劇場の芸術的成果を全国各地で紹介し、地域の振興に寄与します。
・内外の劇場・芸術団体との連携・協力を図り、現代舞台芸術の振興に貢献します。
・現代舞台芸術の調査研究、資料情報の収集・活用を推進し、将来にわたる普及と振興に役立てます。

公式サイトより
https://www.nntt.jac.go.jp/

 

TOPICS1 謎の2匹のクマ

新国立劇場のホワイエには2匹のクマのぬいぐるみが飾ってある。劇場スタッフが毎回、工夫して飾っているそうだ。

 

TOPICS2 攻めた宣伝美術

たいていの演劇の宣伝ビジュアルは出演俳優の顔と名前で印象づけるものが多い。新国立劇場はそうせず「デザインで売るーーいわゆるジャケ買いみたいな状態を、作りたいと思っています」と小川さん。デザイナーの鶴貝好弘さんは漫画の装丁など、幅広くやっている方で、従来の演劇的な宣伝美術の捉え方ではない視点が新鮮。

 

撮影(小川さん):仲野慶吾

取材・文・撮影(花):木俣 冬

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